● ホスピス

  (1)ホスピスの語源は?

  (2)ホスピスの歴史

  (3)歴史年表

  (4)近代ホスピスは誰が?何時?

  (5)現代ホスピス?

  (6)アメリカのホスピス協会の定義

  (7)アメリカのホスピスの現状は?

  (8)日本のホスピスの現状は?

  (9)緩和ケア病棟とホスピスはどう違うのですか?

  (10)人権運動としてのホスピス

  (11)日本のホスピスの将来像は?

用語一覧へ戻る 『私が選ぶ、私の死』角川文庫参照

 


(1)ホスピスの語源は?

ラテン語のホスト(主人)とゲスト(客)の組み合わせで、客を暖かくもてなすことを意味しています。

 

 


(2)ホスピスの歴史

インド、ギリシャ、ローマなどホスピスと言っていい施設や対応が見られますが、中世初期、キリスト教の聖地巡礼に伴う宿泊施設(多くは修道院の一角)が、旅人にホスピス的な対応をしていました。11〜13世紀の十字軍の遠征がそのようなホスピス活動に拍車をかけました。しかし、14〜16世紀の宗教改革以後、多くの修道院は社会に対して門を閉ざしました。

 

 


(3)歴史年表

欧米のホスピスの歴史
12世紀 1.ホテル・デュー(神の宿)フランスのリヨン
1534年 2.救貧院500のベッドに2000人の患者(ナイチンゲールの覚書一つのベッドに8人が寝かされていた。
1788〜1799年  フランス革命(人権の戦い、患者の人権を鋭く指摘、変革)
1802年 1と2をひとつにしてH・C・L(リヨンの市民ホスピス→一大医療都市)
1812〜1815年  ヨーク(イギリス)の女子修道院でエイケンヘッド
1834年 セント・ビンセント病院建築(死にゆく人々のためのホスピスの原型)
1835年 セント・ジョゼフ病棟改正(運営のため3人の修道女フランスへ派遣
1838年 そのうち二人がオーストラリアへ渡る6人の修道女の中核
1860〜1870年  アメリカ南北戦争
1879年 聖母ホスピス創立
1884年 セント・ビンセント病院の中に聖心ホスピス(シドニー)
1906年 セント・ジョゼフホスピス創立
1912年 アイルランド独立戦争、1916年共和国独立宣言
1945年 第2次世界戦争植民地の独立
1955年 セント・ジョゼフホスピスをシシリー・ソンダース見学
1958年 セント・ジョゼフホスピスにシシリー・ソンダース勤務し、疼痛除去のモルヒネ使用法を研究
1967年 セント・ジョゼフホスピスの修道女たちの協力を得てセント・クリストファーズ・ホスピス創立

 

 


(4)近代ホスピスは誰が?何時?

アイルランドのメアリー・エイケンヘッドが近代ホスピスの母といわれています。イングランドの600年の植民地支配の中での、貧しい飢えた人々への愛の運動が多くの修道女を育て、エイケンヘッドは1858年に死にますが、育てられたシスターたちが1879年にダブリンに聖母ホスピスを作りました。これが近代ホスピスの初めといわれています。彼女たちはロンドンのセントジョゼフホスピスをはじめオーストラリアやスコットランドに次々にホスピスを設立し、母であるエイケンヘッドの肖像画を掲げました。

 

 


(5)現代ホスピスは?

シシリー・ソンダースがセント・クリストファーズ・ホスピスを1967年に創立したのが現代ホスピスの初めといわれています。シシリー・ソンダースは、セントジョゼフホスピスでがんの末期の疼痛をモルヒネで除去する方法を研究開発して、その成果を現代ホスピス第1号のセント・クリストファーズ・ホスピスで実践しました。

 

 


(6)アメリカホスピス協会の定義

全米ホスピス協会の定義は「ホスピスは死にゆく人と家族に対して、身体的、精神的、社会的、霊的ケアを、在宅と入院の両方の場面で提供する、緩和サービスと支援サービスの調和がとれたプログラムである。種々の専門家とボランティアが、他職種の医療チームを構成してサービスにあたる。患者の死後、遺族に対して死別後の援助を行う」となっています。

 

 


(7)アメリカのホスピスの現状は?

アメリカのホスピスは1974年のニューヘブン・ホスピスが第1号ですが、それから10年後には1429のホスピスができていました。

1987年の内訳は

 在宅ケア454(30.6%)

 入院ケア39(2.6%)

 在宅と入院ケア865(58.3%)

 不明125(8.4%)

主流は在宅ホスピスで、施設はなく事務所だけがあり、看護婦、ヘルパー、ボランティアなどがチームを組んで在宅ホスピスケアを行っています。

 

 


(8)日本のホスピスの現状は?

日本のホスピス第1号は1981年の聖隷三方原病院の院内病棟ですが、それから10年後のホスピス数は20でした。現在約78のホスピスができています。『ホスピス・緩和ケア白書』ターミナルケア別冊、三輪書店を参照してください。
日本ホスピス・在宅ケア研究会(〒653神戸市長田区林山町1-1-203TEL078-642-0424)、在宅ホスピス協会(〒162東京都新宿区市ヶ谷本村町3-19千代田ビル4階白十字訪問看護ステーション内TEL03-3268-6339)など市民の動きもでてきています。

 

 


(9)緩和ケア病棟とホスピスはどう違うのですか?

ホスピスの理念やプログラムの実践には高い経費はかかりませんが、ホスピスケアをする施設の建設や運営の人件費は高額になります。それを現在の医療保険制度である程度保証しようとすると診療報酬の中に組み込まなければなりません。そこへホスピスという言葉は取り込みづらいので厚生省は「緩和ケア病棟入院料」という名称にして1日34000円の入院料を支払うことにしました。大病院、大学付属病院などでホスピスケアを実施する場合も「ホスピス」より「緩和ケア」という言葉を使うことが多いようです。めざすところは同じなのですが。

 

 


(10)人権運動としてのホスピス

近代ホスピスの母、メアリー・エイケンヘッドはアイルランドの生まれでした。 アイルランドはイングランドの600年の植民地支配野本で人権無視に耐えてきました。その歴史を背景にしてエイケンヘッドとその娘(シスター)たちが最初のホスピスをつくります。また長く人権を無視された精神障害者の歴史もあります。
セントエリザベス病院(アメリカ)は80万坪、入院3500人、職員7000人で病院内にパン工場も火葬場もあるという精神障害者の病院ですが、1970年に全入院患者の2/3は入院の必要のない患者であるという内部告発があり、1979年にホスピス部門が出来患者の権利擁護官が配置されました。

 

 


(11)日本のホスピスの将来像は

厚生省が「緩和ケア病棟」として承認する施設ホスピスは徐々に増えるでしょうが町々で必要な人が望むときにホスピスケアを受けられるようにするためには、在宅ホスピスが広まらなければなりません。。『ホスピス・緩和ケア白書』(ターミナルケア別冊、三輪書店)に記載されているような診療所が雨後の竹の子のように出来ていくように心有る医師と主体的市民が手を結んでいく必要があります。

 

 


用語一覧へ戻る 『私が選ぶ、私の死』角川文庫参照