● 終の場所

  (1)在宅死と病院死の割合

  (2)病院で死ぬということ

  (3)自宅で死にたいと望む人は減ったのですか

  (4)なぜ減ったのか

  (5)国は何か対策を練っているのですか

  (6)家で死ぬための条件

  (7)なぜ、家で死ぬのがよいのですか

  (8)介護や死を通して成長するとはどうことなのか

用語一覧へ戻る 『私が選ぶ、私の死』角川文庫参照


 

 

(1)在宅死と病院死の割合

現在の日本では、在宅死が減り病院死が増える傾向にあります。100年前はほとんどの人が家で死んでいました。第二次世界大戦が終わった頃は、まだ80%が在宅死でした。その後次第に病院で死ぬ人が増え、1997年でその数は逆転し、現在では80%が病院死となっています。

 

 


(2)病院で死ぬということ

病院で死ぬというと、体のあちこちから管を入れられて(スパゲティー症候群)あんな死に方は絶対したくない、またさせたくない、そんなイメージで受けとめられています。そうでなくても、患者は、病院や医師の管理下にあって本人や家族には自由やプライバシーはほとんどと言っていいほどありません。 そのような状態に対する病院不信と、病院にいけば安心するという病院信仰が裏腹になって病院死が増えているのが現状です。 

 

 


(3)自宅で死にたいと望む人は減ったのですか

明らかに減っています。1980年の総理府の調査では95%の高齢者が「家で死にたい」と答えていました。 その後次第に数は減り、1995年の総務庁の調査では45%になってしまいました。

 

 


(4)なぜ減ったのか

「家で死にたい」と望む高齢者が減ったのではなく、 「家で死にたい」といえなくなったのが実状でしょう。家族がいない、「家で死にたい」といえば家族に大変な迷惑をかける、助けてくれるボランティアが近くにいないなど、様々な理由から 「家で死にたい」という人が減っているのです。

 

 


(5)国は何か対策を練っているのですか

ゴールドプラン・ニューゴールドプランを作り、公的介護保険制度の導入を検討しています。具体的には公的介護保険の項をご参照ください。

 

 


(6)家で死ぬための条件

1.自分の意志を明確にして、周囲に知らせます。

2.家族や地域の人たちが本人の意思を理解し尊重する力を持ちます。

3.周囲がそのような気持ちがもてるような医療・福祉・保健の体制を整えます。

4.ホームヘルパーと看護婦と医師との連携

 

 


(7)なぜ、家で死ぬのがよいのですか

1.本人が主人公で、自由とプライバシーを持って生を全うできます。

2.看取った家族に心残りがない。

3.社会的な経済効率が良くなります。(福祉の仕事の増加が雇用を推進する)

4.介護や死を通して、ふれあう人達が成長します。

 

 


(8)介護や死を通して成長するとはどういうことなのか

具体例を一つ挙げて説明します。
K市のF・Tさんは祖母を病院で看取り、あのような看取りは絶対にいやだと考えていました。 そして、母親の場合は自宅で看取ることを決心しました。 本人の意思がわからず困っていたとき、「T子、ありがとう。私はあなたに看取ってもらってこの家で死ねれば本望よ」と逆に本人から打ち明けられ、方針を決め覚悟を決めることができました。

 以下は、母のおむつを換えているときのT子さんと息子の会話です。 

「年をとった人のうんちはくさいわねー。だけど赤ちゃんのうんちはくさくないのよ。あんたのおむつも2年ほど換えたんだよ」
「ふぅん、母さんが赤ちゃんの時はおむつ誰が換えたの?」
「それはこのおばあちゃんよ」
「じゃあ、おばあちゃんのおむつ、2年は母さんがおむつ換えてあげてもおあいこだね」

その時Tさんは、ハッとしました。こういう考え方もあるのかと気がついたのです。そして、おばあちゃんの最後には、 Tさんの息子が泣きながら死化粧をしたそうです。看取られる本人や世話をする家族には、それぞれに、その過程や終局の場面で 心の成長がみとめられます。残されたものは、「ひとりの死」を通して、たくさんの「生」を学ぶのです。そして、こうした事例は在宅の看取りの中ではごくごく普通に見られることなのです。

 

 


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